2 / 7ページ
コロナ禍の伊勢大神楽の動向
2020年に入って中国での新型ウイルスの蔓延が報道で伝えられ、日本国内でも感染による死亡者が見られ始めた2月末頃、伊勢大神楽でもコロナ対策について話が出始めた。伊勢大神楽のほとんどの組は、1月から4月頃までは滋賀県各所を回檀している。私も3月上旬まで近江八幡市付近の現場で調査を続けていたが、当地の人々は古くから伊勢大神楽を歓待する風習が強いこともあり、コロナを理由に回檀を断る家はほとんど見られなかった。ただし、迎える人々の多くはマスクを着用するようになり、神楽師たちとも距離をとるようになってきていたので、私も胸を張って「大阪から取材に来ました」とは言いにくい雰囲気になってきた。
4月に入っていよいよ国内の感染者が増え始め、7日には七都府県で緊急事態宣言が出され、16日には全国に範囲が拡大された。私が勤務する国立民族学博物館は2月末から既に休館になっていたが、5月のゴールデンウィーク明けまでその延長が決まった。職員にも在宅勤務が推奨され、調査・出張は当面自粛となった。調査先で新しい知識や経験を更新し続けることで精神衛生を保ってきた私にとって、調査に行けないことは気が狂いそうに辛いことであった。同時に、これまでさんざんお世話になってきた神楽師の方々がコロナに感染するのではないか、自治体から中止要請が来て仕事が出来なくなってしまうのではないかという心配が募り、居てもたってもいられなかった。毎日のように電話やSNSメッセージなどで連絡を取っていたが、今思えばそれは研究的向上心からというよりは、自分が現場に足を運べないもどかしさをやわらげ、状況を確認して安心していたかったからかもしれない。
伊勢大神楽は地域によって、家々を廻るだけでなく、神社に村人を集めて、獅子舞や曲芸を披露する「総舞」を行うことがある。山本源太夫組は、毎年4月に長浜市のある集落で大きな総舞を行っている。しかし感染予防のため人が集まる状況は避けなければならないという地元の自治会等の判断により、中止になった。総舞だけでなく、回檀も断りたいと要請されたという。もともと伝統文化を大事にしている地域であるだけに、その決定には重みがあった。このケースのように、村全体で回檀が中止になったのは、伊勢大神楽のすべての組を合わせても数か村に過ぎない。