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福井県越前市の大宝寺での総舞
山本源太夫組も、5月に滋賀から福井へと移動する。神楽師のSさんは、こんな時期に回檀したら石でも投げつけられるのではないか、自分が感染して組のメンバーや、訪問先に迷惑をかけるのではないか、と心配が尽きなかったという。場合によっては映像などを使ってリモートでのお祓いも検討しなければならないのではないか、通信環境をどのように確保するか、なども悩んだという。しかし、長年親交のある福井の人々から電話やメールなどで、いつもどおり待っているという連絡が来たとき、やはり伊勢大神楽は現地に直接足を運ぶことにこそ、その存在価値があると思ったという。福井県は比較的早い時期にコロナ対策を始めたため、その時点で感染者数が少なかったことも神楽にとって幸いだった。結局10日遅れで福井での回檀が始まった。
総舞に関しては、福井でもやはり軒並み中止が決まっていたが、越前市武生の大宝寺では開催されることになった。6月中旬のこの時期、まだ勤務先の出張自粛が解けていなかった私は、体調に気を付けながら個人として訪問することにした。
この大宝寺は、伊勢大神楽と特別な関係である。というのも、大正4年6月に山本源太夫家の親方をしていた神楽師の山本喜一郎がこの地で客死し、懇意にしていた地元の有志が大宝寺に手厚く葬り、墓が建てられたという歴史があるのだ。そのため、大宝寺での総舞はいわば山本源太夫組の先祖供養であり、地域の人々との関係性を次世代につなげるための場でもある。これを中止にするのは良くないので、マスクをしてディスタンスを取って開催しよう、と住職や檀家総代の判断で決まったという。また、寺にとってはその日が永代供養の法要の日でもあり、檀家の参加を促すためにも大神楽の総舞を行いたいという思いもあった。獅子がマスクを着けて舞うポスターが貼りだされ、町の人々にも総舞の開催が知らされた。