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暴力への恐れ
ケニア政府は、2020年3月から4月にかけて、前回の記事で述べた一連の閉鎖、隔離、防疫措置を発表する一方、その感染封じ込め措置を国民に徹底するために、当時、全国に70,000人にも及ぶ警察官を配備した。その後、これらの警察官は、人びとに過剰に暴力をふるい、都市部では、死者が出る事件まで続出してしまった。ケニアの報道機関によると、ケニア国内で、警察の暴力により5月末までに15人が亡くなったそうである。
他方、ポコットにおいては、コロナの感染封じ込め措置とは関係なく、5月に軍が配備されてしまった3)。民族間の家畜略奪を根絶するために、何年も続いている「銃狩り」のためである。戦車までも使いながら、この軍の部隊はバリンゴ郡北部を数週間にわたって巡回し、威圧的に銃を探し求めたのであるが、ついでに、とでもいうように、政府の求めるコロナ対策措置に従っていないとして、町に住むポコットの人びとを殴ったり、金銭をむしり取ったりもしていたと聞いている。「銃狩り」の軍事行動の被害として報道された事件には、5月末にポコットの小さな町がひとつ焼き討ちにされた事件、放牧中のポコットの少年が撃たれた事件、などがあった。その後、ポコットの人びとから郡政府へ抗議が寄せられた結果、軍は撤退したそうである。例年のことであるとはいえ、コロナが拡がっている状況であろうとも、銃狩りを優先させた軍は、銃狩りへの政府の執着、そしてその武力・暴力を人々にまざまざと見せつけていったのであった。
こうしたケニア政府による「暴力によるコロナ封じ込め措置の徹底と治安維持」は、ケニアの人びとの行動抑制に、ある程度功を奏したのは確かなようだ。人びとは警察による理不尽な暴力を恐れ、政府が発表する措置に表向き従順になった。およそすべての国民がマスクを手に入れ4)、警察と遭遇する見込みのある場所での装着を心がけた。教会やモスクでの礼拝や集会は、少なくとも都市部では完全に停止し、夜間は外出禁止時間の開始よりもはるかに早い時間に帰宅することが心がけられるようになった。
こうしたケニア政府の「暴力的」「強権的」な姿勢は、コロナ到来以前からケニアで続いていたことではあるのだが、その後、政府に対する不信感はさらに深く国民の心に刻まれているようにみえた。ケニア政府はコロナ封じ込め措置と並行して、「税や送金手数料の軽減」「大統領を含む、一部の政府高官の減給」「社会的弱者への支援」「芸術、スポーツへの支援」など、経済活動の落ち込みにさらされ、行動の不自由を強いられている国民の不満をなだめる施策も発表している。しかし、こうした政府の施策を評価、あるいは賛美する声はまったく聞こえてこない。たとえば、4月末以降、「コロナの影響を受けて苦しむスラムの貧しい若者に割り当てる公共事業」が組まれたが5)、こうした具体的に目の前に現れた支援策に対してすら、「利益を享受できる若者の選別に、役人や有力者の影響が出ている」「支援が届く過程で、どうせ着服されるに違いない」「支援内容は十分な額ではない」などの不満がケニア各地で出ている。
また、暴力や強権で抑制されていた行動は、暴力が取り払われた瞬間に、反動的・反射的に活性化してしまう傾向があると推測される。それまで、政府から通達された措置に人びとが得心して行動を抑制していたわけではない場合、コロナの感染拡大の状況にかかわらず、抑制されてきた行動が一気に解放されてしまう恐れがあろう。感染者数・陽性率は増加しているにもかかわらず、6月から7月にかけて、政府の封じ込め措置は次々と緩和されており、今後の感染拡大が懸念される。
次回の記事では、人びとがコロナそのものに対して抱いている印象や、人びとがコロナに対するよりもはるかに心を砕いている、経済上の問題、あるいは生業上、生活環境上の問題について事例を紹介し、人びとのコロナに対する心理的距離感について記しておきたい。
※記事一覧サムネイル写真:ナイロビの知人がバイクで届けてくれる野菜・果物備蓄の一部(稲角暢撮影、2020年7月)
- ^ ケニアの報道では、これは「軍」ではなく「警察」であると報じられている。しかし、わたしのフィールドの人びとによると、ケニア国防軍(KDF: Kenya Defence Forces)、警察総合任務部隊(GSU: General Service Unit、特殊部隊とも)、そして通常の行政警察(AP: Administration Police)が、当時、現地で活動していたようであった。5月に配備されて、後述の「銃狩り」を主導したのは、国防軍であったと言われており、コロナによる休校後、空になっていた高校寄宿舎で生活し、校庭には戦車を3台並べていたという。その後、6月に国防軍は撤収し、総合任務部隊、および行政警察のみが、以前の通り駐屯しているそうである。
- ^ ケニアでは、4月上旬ころから、およそ50円~100円ほどの布マスクが都市部・周縁部を問わず、広く出回るようになり、人びとは毎日マスクを手洗いして連続使用をしているという。警察と出会う機会の少ないポコットでは、バンダナで口を覆うのみでコロナの飛沫感染予防に対処する者も多かったらしいし、町に行かないからマスクすら買わなかったという人びと(主に、老人、女性、子ども)も多い。ちなみに、こうした廉価の(あるいは寄付された)布マスクを、ナイロビの「お金を持っている」人びとは、「防疫機能がない」として着用したがらないと聞いた。その代わりに、購入したサージカル・マスクや高機能マスクを使用する者が多いようである。
- ^ Kazi Mtaani(スワヒリ語で、地元のための仕事、の意)と呼ばれるこのプログラムにおいて、4月末からのフェーズ1(パイロット版)では、ナイロビをはじめとする、コロナの感染が顕著だった8郡において、スラムの若者およそ3万人を雇い、道路掃除やごみ収集、消毒作業などをおこなわせたという。およそ500円ほどの日給が支払われ、月に22日間働いた者もいたらしい。7月からの第2弾では、およそ100億円の予算が組まれ、全国47郡27万人の若者の雇用を、6ヵ月間創出するとされている(参照元URL:https://housingandurban.go.ke/national-hygiene-programme-kazi-mtaani/等)。