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ケニアの首都ナイロビで働く3年間、わたしは、たまに休暇をとって牧畜民ポコットのフィールドを訪ねていた。2020年3月、ケニア国内初の新型コロナ感染者が発覚後、わたしはケニア政府による措置を注視しつつ、在宅勤務生活をはじめることとした。
ポコット、そして、ナイロビ
「コロナ1)とかいう、新しい病気が流行っているらしいが、どういうものなんだ?」
フィールドのホストファミリーの父から電話が来たのは、2020年3月上旬のことであった。当時、ナイロビに住んでいたわたしは、
「咳をともなう風邪みたいな症状なんだけど、新しい病気だから薬がなくて、亡くなる可能性が高いみたいだよ。」
と説明した。そして、父に請われるまま、世界各国で公表されていた感染者数、死者数などの情報を次々に添えた。
「なんて悪い病気なんだ。でも、(そんな病気は)すぐに終息するだろう。」
と、いつものとおり、特に根拠はなく、しかし断定的な口調の父であった。
わたしは、2011年以来、ケニア北西部のバリンゴ郡において、牧畜民ポコットの人びとを対象に生態人類学的な調査をおこなっている。かれらの放牧活動や家畜との関係のあり方に注目すると同時に、定住化や学校教育の影響、土地の私有化など、近年の地域社会の変遷も追っていた。
2017年4月から2020年7月末の現時点まで、わたしは大学院を休学し、日本学術振興会(JSPS)ナイロビ研究連絡センターの駐在員(副センター長)として、ケニアの首都・ナイロビで3年あまり暮らし続けている。仕事のかたわら、たまの休暇にポコットの地域(以下、ポコット)へ帰り、ホストファミリーをはじめとするポコットの人びととの交流を続けることが、わたしの至上の楽しみであった。ホストファミリーの子どもたちの一部は、ナイロビのわたしの家で一緒に暮らしながら、学校に通っており、ポコットの人びとと連絡を取りあうことは、わたしの日常の一部であった。
牧畜民ポコットの人びとに対する、「辺境の、野蛮で、無知な牧畜民」という、ナイロビの人びとのイメージは、いまだに根づよい。しかし、ポコットの人びとには、かれらなりの知識のあり方、人生の楽しみ方があり、また一方で「外の世界」に対する興味関心も旺盛である。「外の世界」が、最終的には自分たちの生活の基盤とつよく繋がっているという感覚もあり、コロナの感染拡大をはじめとする「外の世界のできごと」は、どこか遠い場所の話ではあっても、自分の地平につながった話として、詳しく知りたがるのであった。
- ^ ウイルス名は、2019-nCoVや新型コロナウイルスと呼び、疾患名は、Coronavirus Disease 2019(略してCOVID-19)と呼ぶのが、2020年7月現在は正しい表記であると思われる。しかし、フィールドのポコットの人たち、あるいはナイロビの「庶民」の間では、両者はともに、単に「コロナ」と呼ばれている。この呼称・略称に付随するさまざまな問題も自覚しつつ、このウイルスに対するフィールドの人びとの距離感に寄り添いたいという考えから、本稿では、ウイルス名、疾患名、ともに「コロナ」という呼称を用いることとしたい。