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ロックダウンへの道のり① 対岸の火事、そしてレイシズム
日本がダイヤモンド・プリンセス号の件で揺れていた2020年2月初旬、イギリスではコロナはまだ「対岸の火事」だった。ちらほらと感染者も報告されていたが、海外から持ち込まれたもので感染ルートがわかっている、また感染者も軽微な症状であるとして、何となく「自分たちにとっては恐れるに足りない」といった空気があったように思う。
一方で、既に1月末には大学から中国からの帰国者は体調を注視せよとの連絡が回り、2月4日にはイギリス政府が在中英国民の帰英を促すなかで、「東アジアで発生した気味の悪いウィルス」の認識は広がっていた。そのためコロナ問題は当初、東アジア人に対するレイシズムとセットになっていたと言える。イギリス各地で東アジア人が「コロナ!」と叫ばれたり、酷い場合は暴力を受けたりする事件が報告され、大学からも注意喚起のメールが回った。筆者自身も同居人(イギリスでは学生・若者が住宅をシェアする居住形態が一般的である)の一人から「貴方はアジア人だから、今あまり出歩かない方が良いんじゃない?」と冗談まじりに言われたことを記憶している。
ロックダウンへの道のり② 広がる不穏な空気
イギリスに不安が広がり始めたのは、イタリアでの事態が深刻さを増していた2月末頃のことだ。ちょうどその頃筆者の指導教官がイタリア出張に赴いたが、帰英直後の教官から「無事生還したよ」とメールが来たのを覚えている。冗談めかした文面の裏には、コロナが自分たちと無関係ではなくなっているという現状認識があった。皮肉なことに、ヨーロッパでのコロナ被害が増すにつれ、アジア人へのレイシズムは鳴りを潜めていった。3月初めになると不安から買い占めが起こり、ロンドン市内のスーパーでも生鮮食品やトイレットペーパーが姿を消しつつあった。
しかし、イギリスのコロナ対応は緩慢だった。当初集団免疫獲得方針をとった首相は、3月初めのインタビューで国民に対し通常の生活を続けるように推奨する一方、「ハッピーバースデーの歌を2回歌いながら(つまり、約30秒間)手を洗いましょう」と呑気に語った。
一般化はできないにしても、筆者の同居人たちを見ていると、それまでイギリスの多くの人々の衛生/防疫意識はあまり高くなかったと思う。外出から戻っても必ずしも手を洗わないし、マスクに至っては「アジア人がするもの」という偏見があって、筆者もマスクをしていようものならよくからかわれたものだ。しかし、3月半ば頃になると、街中や交通機関でアジア人以外の人々がマスクをしている姿を見かけるようになった。大変なことになりつつあるという不安感が、マスク姿に表れているようだった。