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3.国民「総動員体制」の新型コロナウィルス対策
では、ベトナムでのCOVID-19はどのように展開してきたのだろうか。ベトナムで初めての感染者が報告されたのは2020年1月23日のことだった。中国・武漢からの旅行者2名が感染者として特定されたのだ。これを受けてベトナム政府は、極めて迅速に対策をとった。時系列で述べると、翌24日には、政府はベトナム―武漢間のフライトをすべて運休し、加えて感染地域からのフライトも運休、観光客の入国も拒否した。さらに中国との国境を封鎖し、人びとの往来を制限した。また副首相をリーダーとした新型コロナウィルス対策国家委員会を設立し、関連省庁との連携をとった体制づくりをいち早く整備した。その後27日になると、首相は国民に向けて「新型コロナウィルスは敵であり、疫病対策はそれに対する戦いである」と、まるで戦時下さながらの演説をし、コロナ対策強化への国民の協力を鼓舞したのであった(この首相からのメッセージは、3月になって、国民に限らず外国人である私の携帯電話にも届けられた)。その後29日には、ベトナム共産党の党書記長が、情報の正確な開示や公共の場での集合の回避などに係る極めて重い指示を、中央から各市町村の末端の党委員会に至るまで出している。この指示は、仮にある地域で感染が拡大するようなことがあれば、その地域の党幹部は厳罰に処されるニュアンスが込められていたとの指摘もあり、各地方行政挙げて必死のウィルス封じ込め作戦が展開したことが想像できる。このようにしてベトナムでは、党=政府が最初の感染事例から1週間以内で全国の組織を動員する対策を指導し、国民もそれに応答するかたちで感染拡大に備えた「総動員体制」をとったのであった。
この間、ベトナム政府はコロナ対策にまつわる13の罰金刑を施行している。興味深いのでその冒頭部分を少しばかり紹介したい。例えば、公共の場でマスクをしなかった場合は、最大で300,000ベトナムドン(1,500円相当)の罰金、公共の場で使用済みマスクを投棄したら最大5,000,000ベトナムドン(25,000円相当)、また舗道や公道で使用済みマスクの投棄は最大で7,000,000ベトナムドン(35,000円相当)と、個人が公共の場でマスクをしないことよりも、使用済みマスクの投棄の方が厳罰に処される。これは使用済みマスクを介したウィルス拡散の危険性を考えたと同時に、ベトナムの人々にとってゴミの「ポイ捨て」が慣習化していることを反映した処罰といえるのかもしれない。また、COVID-19に関連する嘘や間違った情報、あるいは歪曲した情報を、インターネットなどを使って流布した場合には最大で15,000,000ベトナムドン(7万円相当)の罰金あるいは刑法288条(職務の放棄罪)に従った処罰が与えられる。言論や情報統制のある社会主義国ベトナムならではの刑罰といえるだろう。
一見すると、厳しすぎるともとれる以上のような対策をとりながら、2月に入ったベトナムでは、一部地方での感染者が確認されたことで、当該地域を20日間封鎖したが、その他の地域では幼稚園から大学までの教育機関が休校を延長する以外、特に行動規制はなく、通常通りの社会生活をまだ送っていた。しかし3月になり、海外からの航空便で入国した人の中に複数の感染者が見つかったことにより、すでに封鎖していた中国との国境のみならず、カンボジア、ラオスとの国境も封鎖し、また国際航空便の着陸も不許可として、海外からのすべての入国を禁じる措置をとった。その後政府は、レストランやカラオケなどのサービス業への休業命令に続き、列車や公共バス、国内航空便の運休を指示し、4月1日から本格的な全国隔離政策を実施するに至った。いわゆるロックダウンである。これにより、わたしが住むハノイ市内では人びとが極力外出を避け、公道からはバイクや自動車が消えた。そのため、本来だと一年中鳴り響いているクラクションの音が聞かれなくなり、市内が一時的に閑散と静まりかえり、また排気ガスによる大気汚染も緩和されたのであった(なお、ロックダウンは4月いっぱい続けられた)。
その後のベトナムでは、感染者が報告されるたびに、新聞やインターネット上で新たな感染者の個人情報(氏名、年齢、性別、住所など)と移動日時および移動先が詳細に掲載されるようになり、また感染者を追跡できるアプリが開発されて国民全員にダウンロードを推奨するなどして、感染拡大防止の様々な措置を講じていった。