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新型ウイルスに対する人々の反応
2月19日に最初の感染者が発表されてからというもの、日に日に感染者が増えると、イラン人は想像以上に潔癖に、そして神経質に対応していた。タクシーや飲食店などのあらゆる場所で、アルコール消毒やマスク、ゴム手袋着用を徹底していた。行きつけのカフェでは、店名(Lamīz)と清潔(ペルシア語でTamīz)であることを掛け合わせた宣伝を行っていた。防護服のようなものを身にまとった人々が道路に塩素を撒くことも頻繁にされており、タクシー運転手の中にはタクシーの中に塩素を撒いていた強者(?)もいた。当然車内は白くなっていた。また、とある大型ショッピングモールの入り口やその駐車場では、入店する客に対しセンサー式の体温計をかざし、熱がないかどうかを確認して入店させるようにしていた。
イランでは、ボディータッチが比較的多いと思われるが、新型コロナウイルスの影響により変化していった。人と会った時には男性は握手、女性はハグをして両頬を合わせるというのが習慣であるが、感染リスクを下げるためにこれを避けるようになった。S N Sでは握手の代わりに足を交互に当て合う男性の様子を撮影した動画が話題となった。
政府がまだ自粛を呼びかけていないにもかかわらず、2月下旬には、人々は外出を控えるようになっていた。行きつけのカフェも、普段の午前中はモーニングで混雑しているにもかかわらず、貸し切りに近い状態であった。徐々にこうしたカフェも営業を午後のみにするなど、自粛ムードが広がっていった。また、外出が減少した影響により交通量が大幅に減少し、タクシーの値段がかなり下がっていた。しかし、普段は大気汚染のために見通すことができないテヘランの空が、かなり改善されるという良い側面もあった。移動や交通量の減少は顕著で、帰国間際にテヘランの中心部であるエンゲラーブ通りに行ってみると、閉まっている店が多く、歩道も人っ子ひとりいない状態であった。
このような状況では買い物も大変であろうと思う人も多いかもしれない。しかし、イランではデリバリーが発達しており、いわゆるUber eatsと似た機能を持つイラン独自のアプリケーションが存在する。これはイランで使用されている2つの配車アプリのうちの1つであり、デリバリーやスーパーでの買い物も代行してくれる。加えて、2020年5月頃には医者が往診してくれるという機能も追加されたようである。
SNSでは、「コロナに打ち勝とう」「隔離生活○日目」と言ったハッシュタグが2020年3月半ば頃から盛んに使われるようになった。特に「隔離生活○日目」というハッシュタグでは、家の中でコントなどの面白い動画を撮ったり、ダンスをしたりする様子が多く投稿されていた。また、医療関係者が苦しい状況でもせめて明るく過ごそうと、防護服を着たまま院内で踊る動画が話題となった。しかし、悪ふざけというべきか、度が過ぎるものもあった。モスクでは、建物内のイマーム(イスラームの指導者)の墓石を囲む格子に触れるとご利益があるとされ、触れたり接吻をしたりして祈る人が多く、これが感染拡大の一因なのではないかと言われていた。すると、とある男性が「俺はコロナなんて怖くない」と格子を舐める様子が動画で拡散された。当然これには批判が相次ぎ、その後男性は逮捕されてしまった。
私にとっては対米関係悪化の方が恐怖の対象であったが、イランの人々にとってはウイルスに対する脅威が勝るように思えた。異なる質の恐怖ではあるものの、この差は私にとって興味深く感じられた。