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新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミック状況下におけるロックダウン(都市封鎖)下のフィリピン訪問中の記録を中心に、日本までの「脱出」めぐるエピソードなどの体験や私見を記したエッセイ。
はじめに―パンデミック拡大初期の東南アジア訪問記
筆者は主に東南アジアを対象として研究を行ってきた文化人類学者である。筆者は毎年、2月から3月のいわゆる年度末の時期を含めて頻繁に東南アジアの各地、とくにフィリピンやマレーシア、インドネシアなど島嶼部と日本を往復しながら調査研究や国際シンポジウム等の開催などの学術交流活動を実施してきた。しかし今年(2020年)の2-3月は、例年とは極端に異なるものとなってしまった。周知の通りこの時期は、ちょうど新型コロナ感染症(COVID-19)が中国以外のアジア各国を含む世界各地で急拡大し、いわゆるパンデミックとなった時期と重なってしまったからだ。東南アジア訪問中の筆者も、否応なく今回の状況に巻き込まれ、現地と日本のあいだで右往左往しながら過ごすこととなった。
本稿では、今回のパンデミック拡大の初期段階における東南アジア(特にフィリピン)における現地の状況などについて、当時現地を訪問していた筆者の行動や私見などを交えて記しておきたい。
本稿を執筆している現時点(2020年4月)では、新型コロナ感染症をめぐる状況が今後どのように推移していくのかを見通すことは極めて難しく、現時点でまとまった知見や見解などを述べることはまだまだ時期尚早なのかもしれない。
しかしながら、パンデミック拡大の比較的早期の段階での現地の様子であるとか、そこで文化人類学を専門とする研究者がどう行動し、そこで何を感じ、考えたのか、などを、たとえ雑駁であっても、まだ記憶が鮮明なうちに書き留めておくことは、後世への記録という点で必ずしも無意味ではないものだと信じ、ここに書き記しておきたい。
ジャカルタにて―中止になった国際シンポジウム
さて、文化人類学を専門とする筆者は、今年の2月から3月にかけて現地調査や国際シンポジウムのオーガナイズのために何度か東南アジアのインドネシアとフィリピンへの海外出張を実施した。この時期は結果的に、奇しくも新型コロナウイルス感染症が現地で急拡大していった時期とちょうど重なってしまった。そのため、インドネシアのジャカルタでの開催が企画され、筆者も関係者の一人として参加を予定していた筈の国際シンポジウム(タイトルは“Performing the Self and Playing with the Otherness: Clothing and Costuming under Transcultural conditions”)も開催の数日前というタイミングで中止となってしまった。また、その直後に移動した先のフィリピンでは、現地調査の最中にいわゆるロックダウン(都市封鎖)の開始に遭遇し、調査を途中で切り上げて早期に帰国することを余儀なくされた。
このうちジャカルタでの上記のシンポジウムは、もともとインドネシア科学院(LIPI)と、AA研コタキナバル・リエゾンオフィス(KKLO)、そして科研・新学術領域「トランスカルチャー状況下における顔・身体学の構築」プロジェクト等との共催で、顔・身体表現に関する学際的シンポジウムの企画として、昨年からAA研の吉田ゆか子准教授らを中心に2020年3月5日実施の予定で開催準備が進められていた企画であった。